企業におけるデザイン組織の新しい役割 ―マッキンゼーの“Redesigning design department”レポートを読む

マッキンゼーから”Redesigning the design department(デザイン組織を再考する)”という大変興味深いレポートが出たので紹介しようと思う。

ビジネスにおけるデザイン組織の役割とは何か?パフォーマンスを上げる企業にとってデザイン人材はどのように機能しているのか?という問いに対する見解を鮮明に描き出したとても興味深い内容だ。

先日、マッキンゼーの日本支社発で「なぜ今、日本に「デザイン」が必要なのか」というレポートが出た。一部に共通の知見が見られるので、こちらのレポートとも関連しているのかもしれない。

マッキンゼーは、10万以上の組織を対象にリサーチを行い、250人以上のビジネスリーダーやデザインリーダーへの調査、およびデザインドリブン企業の役員30人以上にインタビューを行ったという。

このレポートの結論は大変興味深い。企業におけるデザイナーやデザイン組織は組織横断的な活動に入り込むことによって、企業の各機能を活性化しビジネス成果に結びつけるというものだ。その活躍の範囲は製品開発に留まらず、マーケティングやセールス、戦略にまで至る。

別の言い方をすれば、ビジネス成果を上げる企業はそのようにデザイナーやデザイン組織を活用しているということだ。これはデザイン組織を他の組織から隔離し、プロダクト開発を中心とした限定的な役割を担ってきた既存のあり方とは大きく異るものだ。そういう意味も込めてタイトルが”Redesigning the design department”となっているのだろう。

ちなみに、株主総利回り(Total Shareholder Return (TSR) )を指標として、企業の業績ごとにデザイン組織の大きさを比較したところ、デザイン組織の大きさによって業績の差がないことがわかった。重要なのはその活用方法にあるということだ。

レポートは、1.Structure(組織)、2.Talent(人材)、3.Tools and infrastructure(ツールとインフラ)の3部構成で、新しいデザイン組織の企業における役割を描き出す。

1.Structure(組織)

企業の業績に貢献するデザイン組織は、その組織の範疇を超えて企業内の様々な取組みに入り込みクロスファンクションの推進役として機能する。

ビジネス成果を生み出す組織は、デザイナーを製品開発領域に留めず、社内のあらゆる活動に関わらせている。デザイナーはその職能を活かして広範囲の活動に参加し、ビジネスの成果に貢献している。

デザイナー職能の可能性はレポートでも大きく取り上げられているこの引用からもわかるだろう。問題解決としてのデザインから機会発見としてのデザイン職能への期待が大きく転換しているのだ。

We used to tell the designers what to do, now they’re showing us what is possible — and it’s so much better.

(以前はデザイナーに指示を出していたが、今は可能性を示してくれるようになった。こちらの方がずっとよい。)

2.Talent(人材)

優れた企業は、単なるスキルに留まらないリーダーとしてのデザイナーの能力を育成し、企業内の組織やプロジェクトに関与させる。

デザイン人材を広範囲の企業活動に巻き込めている企業は、デザイン人材の採用とリテンションにおいても成功している。デザイン人材側も狭義のデザイン領域に留まるのではなく、より広い範囲で活用したいと考えている人が多いことがわかる。

このデータも興味深い。業績のパフォーマンスが高い企業では、多くの領域においてデザイナーチームが他の領域に関わることが多い。特に、マーケティングやセールス、戦略の領域においてその傾向が顕著に見られる。

企業におけるデザイン職能を人事や組織戦略の観点からから見たときに、これまでは製品開発などの狭義のデザイン領域における人材の獲得と成果の発揮が中心だった。このレポートが示唆するのは、そこに留まらない企業のあらゆる領域におけるデザイン人材の活躍の可能性だ。

3.Tools and infrastructure(ツールとインフラ)

デザイン組織が新しいコラボレーションのツールやリモートワークの導入を率先して導入し、組織の変革をリードする。

ポストコロナのワークスタイルにおいてリモートワークの活用は必要不可欠となった。デザイン人材の活用において、リモートワークを始めとした新しいワークスタイルの適用が鍵となる。

デザイン人材の採用においてリモートワークなど働く場所を柔軟にしている企業は競合と比較して高い成長率を示している。

リモートワークを起点にするデザイン組織とコラボレーションするためには、デジタルツールの活用も欠かせない。ツールそのものも日々進化するため、プロトタイプ的に新しいツールを導入しながら、適宜入れ替えていく必要がある。

物理的なデザインスタジオを設置するのであれば、他の組織に対してオープンにしておくことも必要だ。デザインリーダーは他のチームに働きかけ、デザイン組織のスペースに人を呼び込むことも必要になるという。

本レポートが示すデザイン経営の先にあるもの

このレポートは”Redesigning the design department”というタイトルが示すように、企業におけるこれからのデザイン組織のあり方に多くの示唆を与えるものだ。

企業におけるデザイン組織は、既存の製品開発領域に留まらせるべきではないという提言はとても示唆的だ。デザイン組織は組織を横断してファシリテーターとして動くことで、クロスファンクションの要となり、企業全体のパフォーマンスを向上させる。

そのために、採用とリテンションを通じて企業内に未来型のデザイン組織を育てて行く必要がある。デザイン組織はクリエイティブ人材の集団だ。クリエイティブ人材には、彼ら彼女らなりの快適さや働きやすさの基準があるだろう。このレポートでも重視されているリモートワークやデジタルツールなどもその一環だ。

このレポートが示すのは、デザイン人材が大きな組織の横串として活躍することで組織そのものの変革が促される未来像だ。これまで企業を支配していた論理一辺倒で計画遂行的な組織のあり方に、創造と試行というデザインの知と行動様式が浸透することの可能性が示唆される。企業全体がデザイン組織化する未来と言ってもいいかもしれない。

2018年に経済産業省・特許庁から「デザイン経営宣言」が発表されて以来、日本でもデザインの経営における活用が議論されている。「デザイン経営宣言」では、デザインをブランディングのためのデザインとイノベーションのためのデザインという二つの領域で定義した。このマッキンゼーのレポートで議論されているのはさらにその先にある、組織戦略としてのデザイン経営のあり方ではないだろうか。

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Hironori Iwasaki 岩嵜博論

武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授/ビジネスデザイナー/ビジネス✕デザインのハイブリッドバックグラウンド/著書・共著に『デザインとビジネス 創造性を仕事に活かすためのブックガイド』『パーパス 「意義化」する経済とその先』『機会発見――生活者起点で市場をつくる』など